ダイバーシティに積極的に取り組む企業としても知られているユニリーバ。2016年には働く場所と時間を社員が自由に選べる制度「WAA」が話題になりました。そんなWAAの仕掛人で取締役 人事総務本部長の島田由香さんは、ひとりひとりが「幸せ」であることが大切だと語ります。そのためには、ありのままに自分らしくあることが欠かせないそう。「ダイバーシティ」と「自分らしさ」について伺いました。
「ダイバーシティ&インクルージョン」という人材と組織の在り方を考える上で、お話を聞いてみたい人がいました。ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社 取締役 人事総務本部長 島田由香さんです。
島田さんが一躍有名になったのは2016年。ユニリーバ・ジャパンで導入した人事制度「WAA(ワー)」が話題になりました。
“Work from Anywhere and Anytime” の頭文字を取って「WAA」。その名の通り「いつでも、どこでも」自分のライフスタイルに合わせて仕事ができるよう、働く場所と時間の選択肢を広げています。平日の朝6時〜夜9時の間で自由に勤務時間や休憩時間を決められ、上司に申請すれば理由を問わず自宅やカフェなど会社以外でも勤務可能。従来のフレックスタイム制度のように必ず働くコアタイムはなく、在宅勤務制度のように場所の指定もありません。
さらに「WAA」の考え方に共感し実現していこうとする人たちが増えたことを受け、コミュニティ「Team WAA!」を立ち上げ、月一回のセッションをはじめとした活動を行っています。
「Team WAA!」は企業・団体・個人誰でも参加可能。月1回メンバー限定のセッションを開催しています
人事という立場から、社会に先駆けた取り組みを仕掛けている島田さんが一貫して自身の考える理想の社会に掲げているのが「生きていて、働いていて“幸せ”とひとりひとりが思えること」。実現のためには「ありのまま」「自分らしさ」が大切だと語ります。
そしてユニリーバも、ダイバーシティ&インクルージョンの理念に“Be yourself(あなたらしく)”という言葉を掲げています。
「自分らしさ」と「ダイバーシティ」は、どう結びつくのでしょうか? お話を伺いました。
ユニリーバ・ジャパンの壁には「私たちは多様性を讃えます。人々が自分らしくあること、そしてそれがもたらすものを尊重します。」という言葉も
――まず、島田さんの考える「ダイバーシティ」とはどのようなものでしょうか?
島田:
私が考えるダイバーシティも、ユニリーバが考えるダイバーシティも、ユニリーバのロゴによく現れています。
ユニリーバのロゴは25個の小さなアイコンでできています。それぞれとても大切な意味を持つアイコンが、自らの形を変えることなく集まり、一つのロゴを形づくっているのです。これは、ひとりひとりが自分らしくありながら、一つのチームとして同じ目標に向かっている姿に通じるものがあります。
左上のギザギザ模様は「太陽」。他にも、自由の象徴である「鳩」や思いやりを表す「ハート」など25のアイコンでUの字が描かれています
島田:
仕事をする中で、自分を偽ったり、我慢したりしなければならない場面もありますよね。例えば、女性でも男性っぽく振る舞わないとキャリアが築けないとか、和を保つために言いたいことを我慢しなければとか。でも、その状態ではダイバーシティは絶対に実現できません。
ダイバーシティは、ジェンダーや年齢、人種の話ではありません。ひとりひとりが自分の強みを活かしてその人が担うべき役割を担っている。そういった個々が集まることで、一人ではできない新たなことを実現していく環境こそがダイバーシティなのです。だから、ダイバーシティにおいて大切なのは「ありのままでいい」ということです。
―― 近年「ありのまま」という言葉をよく聞くようになりましたが、捉え方が難しい言葉だと感じます。例えば、就職活動や転職活動で「あなたらしく」と言われても何が自分らしいのかわからず“自分探しの旅”に迷ってしまったり。
島田:
「ありのまま」や「自分らしさ」は、自分で自分のことを理解しないとわかりません。「自分はどういう存在なのか」を早い段階から考えておくべきです。迷っても構いません。問題は、就職活動の時にしか考えない状況。就職するために考えてしまうから、「受かりたい」という邪心が入った自己分析になってしまう。そんな作られた「自分らしさ」は聞いても意味がないし、結局は自分のためにもなりません。
「あなたらしさは?」と聞かれると、「正しいことを言わなきゃ」「かっこいいことを言わなきゃ」と構えてしまいがちですが、そんな正しさや見栄はいりません。「寝たら嫌なことは忘れてしまう」みたいなことでもいいんです。「私ってね!」と喜びとともにワーッと語れるくらいまで自分について知り、深めて、初めて「自分らしさ」が見えてきます。一朝一夕でわかるものではないと思います。
「だから、自分について考えていてください」と語る島田さん
―― ユニリーバでは、「自分らしさ」を考える機会として1 on 1を行なっているそうですね。
島田:
1 on 1は外資系といわれる企業では以前から普通に行われていることです。それが今注目されるのは、日本の組織ではこれまで人を個人ではなくグループで捉えがちだったからだと思います。
“組織”という生き物はなく、組織は人が集まってできているもの。ユニリーバは社員が約500人ですが、500人をひとくくりに考えるのではなく、“ひとりひとり”について考えています。だから、1 on 1は特別なことではなく、当然なことなんです。
ユニリーバのキャリアディスカッションで最初にする質問は“What is your life purpose?”。つまり、「あなたの人生の目的は何?」「何のために生きているの?」から入ります。これを何度も何度も考えていくことで自分を知る、それこそ“旅”です。
―― 企業には売り上げや目標があります。「現場で求められるもの」と「自分らしさ」との乖離がないようにするには、どのように折り合いをつけて両者にコミットすればいいでしょうか。
島田:
すごく現実的な質問ですね。ただ、同時に自分の使った表現に気づいてほしいんです。いま「自分らしさと“折り合いをつける”」という表現を使われましたが、折り合いをつけている時点で自分らしさは出せていませんよね。
「我がまま」と「ワガママ」を履き違えるのと同じように、世間では「ありのまま」という言葉を「好き勝手にする状態」だと捉える傾向があるのかなと思います。だけど、そうじゃないんです。「ありのまま」というのは、自分にとって何が大切かを理解し、自分の強みを無理なく発揮できる状態のことです。こういう状態のときに一番パフォーマンスも上がるんですよ。
そうはいっても、現場には様々なルールやしきたりがあります。それらと「本当の自分」とが合わないときは、そのルールやしきたりを見直すべき。周囲と話し合って、変えていけばいいんです。また、「合わない」環境に身を置くと、改めて「自分らしさ」について考えたり、話し合ったりするきっかけになりますよね。どんな環境も気づきを得る機会になると捉えることもできます。
「『自分らしさ』や全てを気づきの機会にするマインドを伝えることに終わりはないです」
島田:
ユニリーバの社員の中にも「自分はハッピーだ」と言いきれない人もいると思いますよ。それは仕方のないことですが、少しでも自分の幸せや生きる目的について考えてもらえるよう、ワークショップを行っています。
その一つが『Purpose workshop』です。自分の人生の“Purpose(目的)”について考え、それとユニリーバの“Purpose(存在意義)”がどうつながっているか考えるという内容です。自分と組織の“Purpose”がつながっている、つまり自分の方向性と組織の大きな方向性が合致している状態だと、すごく働きやすいし、生きやすいんです。
逆に組織の方向性と自分の方向性がまったく違うのに、条件面だけに惹かれて入社したといった状況だと、後々苦しくなりがちです。その人にとっても幸せじゃないし、会社にとっても幸せじゃない。それなら、自分の本当にやりたいことができるところに行って働く方がいいですよね。
「制度や環境のせいにしたくなる気持ちも、すごくわかる。だって、その方が楽だから。でも、それだと変わりません」
―― みんなが「ありのまま」で「幸せ」だと感じられる状態が作り出せていない場面が現在まだまだありますが、障壁となっているのはどのようなことがあるでしょうか?
島田:
いくつもあるけれど、基本はその人にあります。制度や環境のせいにしていては、いつまでも状況は変わりません。起こっていることは全て自分の中から出ていること。変えるのも変えないのも自分次第なんです。
本来「組織」は個人の集まりです。誰かが「これをしよう」と提案したものに「私もやる!」と人が集まって、組織になるんです。だから、組織という生き物はなくて“ひとりひとり”なんです。
組織の人数や活動内容が増えていくと、組織をよりよくするためにルールや制度が作られます。そのルールや制度を守り続けること自体が目的になってしまうと、おかしな状況が起きてきます。ルールや制度なんて時代や環境の変化とともに変えていけばいいんです。
―― 「ハッピー」や「ありのまま」は、決して“甘い”ものではないんですね。
島田:
怖いものですよ。だって、自分と向き合っていくんですから。でも、それを深めて本当の「自分らしさ」や自分にとっての「幸せ」を知った時、ものすごく世界の見え方が変わります。これは、人間誰しも持っている能力なんですよ。
―― 人事の担当者がダイバーシティを進めようとする時、どのように経営層と話し協力すればいいでしょうか?
島田:
ダイバーシティに限らず、トップのコミットメントが得られると物事は進めやすくなります。でも、トップのコミットメントがないと何もできないわけではありません。たった一人の担当者でも、組織を変えようと思えば変えられます。ただ、時間はかかります。基本的に組織はピラミッド型なので、トップダウンの方がボトムアップよりも変化が速い。その意味では、担当者だけだと大変だと思います。でも、時間はかかっても、ちゃんと変えられます。その時重要なのが、その担当者がいかに「本気で実現したいと思っているか」です。
「担当が『やらされ感』を持っていたら、絶対進まないと思います」
島田:
好きなことで情熱を持って取り組めることなら、反対されても周囲に響かなくても「でもやろう!」と思えますよね。逆にそんなに好きでも燃えているわけでもないなら、反対された、周囲に響かなかったとなれば、やりたくなくなって当然です。
―― その「やりたいか、やりたくないか」を自分でわかるためにも、「自分らしさ」を知ることが重要なんですね。
島田:
そう! それが「自分らしさ」です。まずは、自分は何が「好き」か「嫌いか」を知ること。「好き」なことができると1番ですが、「嫌い」でもやらなければならないこともあります。でも、それも1度やると決めたらしっかりやる。自分を知った上で、その選択に納得して取り組むことが大切なんです。
―― それぞれの人に異なる「好き」があると考えると、例えば「ダイバーシティに取り組む人を増やしたい」と思うことも押し付けになってしまわないかと悩みます。
島田:
「そういう人が増えるといいな」という純粋な願いはすごくいいことだと思います。ただ、相手に「そうなって」と押し付けるのは違いますよね。だから私は「期待」という言葉の代わりに「願い」を使うようにしています。「期待」には勝手な押し付けが入ってしまう。でも、「願い」は心の底から祈る気持ちとともに、愛があると思うんです。
「純粋に『願って』いれば、その状況が生まれてくるのではないかなと信じてもいます」
―― 熱くなると知らず知らず押し付けがちですが、燃えながらも「期待」ではなく「願い」であるのがミソだなと感じました。
島田:
私も押し付けになりがちだった時期も多分あります。今でも、「願い」ではなく「期待」になっていないか、周囲にどんな映り方をしているか、いつも内省しています。誰かが燃えているけれど押し付けがましいなと思ったら、本人はなかなか気づけないので、周囲が言ってあげるしかありません。「あの人、ああだよね」と陰で言うのではなく、その人にきちんと伝えてあげることが大切ですよね。
―― 島田さんは「このマインドを広げたい」と願う時、どのようなことから始めますか?
島田:
まずはそのマインドが広がるとどんな世界になるのかを感じて欲しいので、セッションやイベントを企画し、来てもらっています。人はそういった機会に触れて、やっと問題に気づいたりモヤっとしたりする。刺激が気づきに変わっていく瞬間があるんです。私は刺激を増やしているだけ。刺激から気づきに変えることはその人にしかできません。
―― 自分が好きな場所で好きな時に働く「WAA」の導入も、その刺激の1つなんですね。
島田:
WAAが変えたのは、制度というよりマインドです。自分のパフォーマンスが一番上がる環境や時間帯は自分が一番よく知っているはずだから、「働く場所や時間は自分で決める」という考え方を導入したんです。
最初は「みんながオフィスに来なくなったらどうなるんですか」なんて質問がきて、面白いなと思いました。誰も「オフィスに来るな」なんて言っていないんですよ。“Anywhere(どこでも)”だから、もちろんオフィスで働いたっていいんです。なのに「在宅?オフィスに来るなってこと?」と心配が始まるんです。
「人は新しいことに反応する時、自分のパターンでしか見ないから。みんな、すぐに心配しすぎですよ」
島田:
あとは「サボる人が出たらどうするの」という意見もありました。でも、どういうスタイルで仕事をしようが、他人がどうこう言うことではありませんよね。サボっているように見えても、本当は頭の中で考えているかもしれないし、瞑想しているのかもしれない。それは、本人にしかわからなくて、周囲が判断できるのは結果だけ。だから、ワークスタイルではなく、結果を見ることが大切です。
―― 「管理しなきゃ」という思い込みがあるから出てくる心配ですね。
島田:
そうなんです。管理なんていらないから、任せて委ねていく。私がよく「しん“ぱ”い(心配)」ではなく「しん“ら”い(信頼)」しようと言っているのは、そこに理由があります。
島田:
WAAを始めた時はここまで反響や反応があるとは想像もしていませんでした。ただやりたかっただけなんです。例えば、通勤で満員電車に乗って、朝から消耗するのは馬鹿らしいですよね。満員電車で元気になる人なんて一人も会ったことがありません。それなのに誰も「おかしい」と言わないし、変えようとしない、そんな世界が嫌なんです。
だから、WAAを実施した後、こんなに反響があってビックリしました。同時に「みんな本当はおかしいって思ってたんだ」と。こんなに共鳴する人が多いなら、どうやって変えていくのか考えるところから一緒にできればいいと思って作ったのが「Team WAA!」です。
―― WAAの導入から2年、どのような変化がありますか?
島田:
一番喜ぶ声が聞こえてくるのは、働くママとパパ。また、今後は介護に直面する社員も増えると思っています。その時、実家の両親の介護のために仕事を辞めますとなったら悲しいなと。でも、WAAを利用すれば実家で仕事ができるのだから、辞める必要はないはずです。
実際、介護ではないですが、家庭の事情で実家に帰りたいという社員がいました。WAAがあるから地元で仕事をさせてもらえないかと。ちょうど機会があってその社員に会ったら、「WAAのおかげでこういうことができて、自分のパフォーマンスはこう上がって」と話してくれ「ああ、やってよかった」と思いました。
「やってみてダメだったら、その時変えればいい。最初から難色を示すのは、心配のしすぎです」
―― 島田さんご自身も、肌感覚で変化を感じているんですね。
島田:
ええ。最初の1年ちょっとは、数字で結果を出すことで納得感も生まれるので、社員アンケートで制度の利用状況や生産性の変化など聞いていました。ですが、少なくとも生産性が下がらないことは証明できたため、アンケートも取らなくなりました。
それに、もし本当にまずいことが起きたら、その時に変えるなりやめるなりすればいい。導入から2年以上経ってそういうことは今のところはないし、採用活動でもフレキシビリティが高いところが魅力的だと評判ですよ。
―― これから、さらに社会へ仕掛けていきたいことはありますか?
島田:
今後広げたいと思っているのが「WAA de 地域創生」です。4年くらい前から、仕事でもプライベートでも地方に行く機会が増えてきました。私は生まれも育ちも東京ですが、地方に行って発見がいっぱいあったんです。日本ってこんなに自然があるんだとか、こんなに素敵な人がいるんだとか。
「とても魅力的な漁業や農家の方々に出会って『ものすごいリーダーシップ!』と衝撃でした」
島田:
他にも、自分の中に無意識にあった思い込みにいくつも気がつきました。例えば、一次産業より二次産業、二次産業より三次産業の方がどこか文化的だという思い込みがあったのですが、全然違って。世界に名だたる日本の食文化も一次産業があるからこそ。地方を知れば知るほど、日本や日本人の素晴らしさを実感しています。でも、これに気づいていない日本人が多すぎる。
東京を中心とする首都圏と地方にはそれぞれはっきりした特色があって、「東京にあって地方にないもの」、「地方にあって東京にないもの」がある。お互い補い合えるんです。そこで、WAAの“Anywhere”を日本全国に広げれば、地域創生に繋がると考えました。
地方には普段あまり使われていない建物があります。そこにWi-Fi環境などを整え、「コWAA(ワー)キングスペース」として活用できないか、地域の自治体やNPOと話し合っています。「Team WAA!」に参画している企業の社員がそうした「コWAAキングスペース」を無料で利用させてもらう代わりに、地域の課題を一緒に解決する。WAAを活用することで、たとえば午前は自社の仕事、午後は地域の特産品のPRのお手伝いといったこともできます。
WAAも「WAA de 地域創生」も、みんなで取り組まないと実現できません。だから、いろんな企業にまずはトライしていただきたい。「Team WAA!」はそのプラットフォームになっています。まだまだ、いろいろ実験中です!
「やりたいことは、いっぱい。ワクワクします!」と話してくださった島田さん