情報システムに関わるサービスを開発提供している日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM) 。女性の活躍支援や子育て応援、LGBTへの取り組みや障害者雇用など、ダイバーシティの促進に力を入れている企業でもあります。近年では職場でのダイバーシティ促進に止まらず、障害者向けのインターンシップも開催。なぜ、そしてどのようにダイバーシティに取り組んでいるのでしょうか? ダイバーシティへの取り組みの理念を伺いました。
案内された部屋へ入ると、会場前方には3つの大きなディスプレイが。両端の2台では、マイクを通して話した言葉をリアルタイムで更新。さらに、ディスプレイの横には手話通訳もいます。
発表者の言葉が両端のディスプレイでリアルタイムに更新されていきます
「今日は盲導犬がいるので、移動するときは気をつけてくださいね」
言われて会場を見回すと、それまで気がつかなかったほど静かにパートナーに寄り添う盲導犬の姿がありました。
今回伺ったのは、日本IBMが行う障害者向けインターンシップ・プログラム「Access Blue」の最終報告会。
「Access Blue」は、障害者手帳を持つ大学生・大学院生・卒業から5年以内の方が参加対象です。7ヶ月のプログラムは、さながら新人研修。ビジネスマナー研修、新規プログラム提案、アプリの開発研修などを経て、最後は日本IBM内の各部署で約2週間のOJT(On the Job Training)を受けます。
報告会の会場には、ペルソナ設定や課題特定などインターンシップ期間中に取り組んできたワークの資料も展示されていました
「Access Blue」は2015年から始まり、2014年のパイロット実施を含めると、これまでに108名が参加。2018年の参加は26名で、この日はそのうち18名が3月からの7ヶ月にわたるプログラムの成果や学びを、日本IBM社員の前で発表しました。
ひとりひとりがインターンシップを振り返り、感想や学んだことを発表しました
参加者からは「自身の強みが見つかった」という声が多く、「Access Blue」でのエピソードを通して強みを語れるようになったといいます。
「私はADHDの傾向があり、これまで自分のことを『出来損ない』だと思っていました。でも『Access Blue』に参加して、自分で『出来損ない』のレッテルを貼ると『できないこと』に目が向いてしまい、余計にできなくなっていたのだと気がつきました。今はこの7ヶ月を通して、『できること』に目を向けられるようになりました」(参加者)
さらに、多様な障害種別の参加者が集まったことで、自身の障害以外について理解が深まったという声も。
「『Access Blue』では聴覚障害者も視覚障害者も混じってグループワークを行いました。自分と異なる障害については知識がないので最初は不安でしたが、障害が異なっても伝え方の工夫やテクノロジーの活用でコミュニケーションが取れることがわかり、偏見がなくなりました」(参加者)
報告会にはOJTを受け入れた部署の担当者も駆けつけ「業務を客観的にみる機会になった」「また一緒に働きたい」などコメント。
OJTを受け入れた担当者も駆けつけ、インターン生へメッセージを送りました
最後は、取締役専務執行役員の福地さん、常務執行役員人事担当のクリスチャンさんによる総評で閉じました。
「みんなが落ち着いていて堂々とし、笑顔で語っていました。同時に、弱いところもオープンに出して語る謙虚さもあり、この自信と謙虚さのどちらも伝わってくる、素晴らしいプレゼンでした」(福地さん)
「みなさんのパッションは、このインターンシップのスタッフだけでなくOJTで関わった社員にも大きなインパクトを与えています。卒業後も、みなさんからの“贈り物”は、IBMの中で生きていきます」(クリスチャンさん)
社会に先駆けてダイバーシティに取り組んでいる日本IBM。会社のホームページのダイバーシティへの取り組みに関するページでは「市場競争におけるIBMの強みの源泉は、思想、文化、人種、性別や出身地などさまざまな違いをもつ人材の多様性(ワークフォース・ダイバーシティ)」と語っています。
なぜ、ダイバーシティを重視するのでしょうか?
障害者向けインターンシップ「Access Blue」の担当者でもある、人事ダイバーシティ企画部長の梅田恵さん、東京基礎研究所アクセシビリティ・リサーチの及川政志さんにお話を伺いました。
「Access Blue」を立ち上げから担当している梅田さんと及川さん。「最初は喧嘩ばかりしていました」と冗談交じりに話してくださいました
――なぜ、障害者を対象としたインターンシップを行うようになったのですか?
梅田:
障害のある方にも就活の前に働く体験や人前で語る訓練をしてほしいというのが、そもそものきっかけです。 障害があっても能力は劣らない、優秀な方はたくさんいます。でも、健常者と比べて圧倒的に経験の数や種類が少ないんです。だから、就職活動で語れることが少なかったり、語る訓練ができていなかったりします。
――参加者も、障害があるとアルバイト機会や他のインターンシップなどの機会がほとんどないので、働く体験をしたくて参加したと話していました。
梅田:
IBMは「あなたの意見は?」と、とにかく放っておいてくれない文化があります。逆に、若いから、女性だからという理由で意見を無視されたり馬鹿にされたりすることはありません。こうしたIBMの文化で、自分の意見を持って発表する経験を少しでも積んでほしいと思っています。
ビジネス基礎研修に始まり、多種の研修やプロジェクトを経てOJTを経験するカリキュラム。社員と同じく、短時間勤務や在宅勤務も活用できます
梅田:
また、在宅勤務を経験してもらう狙いもあります。障害があると、外に出て動くことが大変な場合もあります。だから、在宅勤務を選択肢として考えている方は多いのですが、在宅勤務は仕事内容やモチベーションを自己管理できないと難しい面もあります。なので、本プログラムで在宅勤務を経験し、自分に合っているかどうかも知ってもらえたらと思っています。
――報告会でも、大学の授業があるときは在宅勤務を活用していた大阪からの参加者がいましたね。
及川:
インターン生にはPCなど全てIBM社員と同じ作業環境を渡しています。なので、社員と同じように在宅勤務もリモート勤務もできます。
梅田:
在宅勤務に限らず、自身で働きやすく調整する選択肢を持ってもらいたいと考えています。「Access Blue」ではインターン生にお給料も出しています。親御さんに経済的負担をかけているからと我慢しがちな方が多いですが、自分のお金があれば、例えば移動がしんどいときはタクシーを使うといった選択もできますよね。
――「Access Blue」ではOJTの受け入れ部署が参加者ごとに違って、社内でもプログラムに関わる人が多い印象でした。
梅田:
それも狙いの1つです。会社として障害者雇用を進めようとしても、いきなりフルタイムの社員で自身の部署に受け入れるには、どう接したらいいかわからず戸惑う人もいます。それが、2週間のインターンシップであれば、「一度くらい」と受け入れてもらいやすいんです。
すると障害とは関係なく優秀であることや、障害があっても工夫次第で問題なく一緒に働けると実感できます。そうしたら、障害のあるスタッフの受け入れにも抵抗がなくなりますよね。関わった社員も変化するんです。
及川:
プレゼン、資料作成、ビジネスマナー。私たちもOJTに送り出すまでの間に、みっちり鍛えてますからね。
報告会ではOJT受け入れ部署の担当者とインターン生が談笑する場面も見られました
――報告会で受け入れ部署の方が「インターン生が優秀で用意していた業務が早く終わり、追加の業務をお願いした」と話していましたね。
及川:
報告会に来ていた社員は業務の合間を縫って参加しています。それだけ、インターン生の受け入れで意識や関心が変わるんです。インターン生の堂々とした姿は、それだけの力があります。
――IBMのダイバーシティへの取り組みは、IBMの前身であった会社が1911年にアメリカで黒人や女性の採用を開始したことに始まります。また、1914年からは障害者採用を開始し、本格的にダイバーシティに取り組まれていると伺いました。1910年代といえば、人種や性別によって、平等な人権が認められていなかった時代。なぜ、ダイバーシティに取り組むようになったのでしょうか?
梅田:
もとはダイバーシティのためというわけではなく、人材確保のためでした。当時のIBMは小さなベンチャー企業。まだコンピューターもない時代に「インターナショナル・ビジネス・マシーン」と言っても、何をやる会社か周囲から理解を得られず、働こうという人も、そうそういません。そこで注目したのが、女性や黒人など、当時の米国で就職するのが難しい人々でした。
当時は、女性や黒人は高等教育を受けることも難しかった時代です。でも、能力はまた別の話。経験を積み知識を得れば、ビジネスで活躍できる優秀な人もたくさんいます。そこで、足りない経験や知識を得る機会は、IBMが用意する。そうしてマイナスを埋めれば、その後は性別や人種に関係なく活躍できます。
ダイバーシティの促進は「社会貢献やダイバーシティそのもののためではなく、あくまでビジネスに活かす」と話す梅田さん
――日本でのダイバーシティの取り組みも、最初は人材確保のためだったのですか?
梅田:
そうですね。日本IBMは第二次世界大戦前からあります。戦時中は事業を停止していましたが、戦後に改めて事業を再開しました。でも、まだ戦争の被害や記憶の残っているなか、本社が元敵国の会社に勤めようという人は多くありませんでした。そこで米国本社と同様に、女性を積極的に雇用したんです。それが今では女性雇用のみならず、障害者雇用や子育て支援、LGBT支援にも繋がっています。
――IBMでは「人材の多様性はIBMの強みの源泉」と掲げていますが、人材確保以外にダイバーシティがもたらすメリットはありますか?
及川:
逆に、世に送り出すシステムを作っている私たちには、ダイバーシティな環境でないことが大きなリスクになりえます。
実際に海外では、白人男性メンバーだけで作った顔認証システムAIが黒人女性の顔を認証しなかったことがあります。本人たちに差別の意図はありませんでしたが、無意識のうちに開発時のサンプルのほとんどが白人のものになっていたんです。
――自分でもそのつもりがなく差別を生んでしまうとは、恐ろしいです。
及川:
でも、私たちは自分が経験したことしか認識できません。このように認知していない差別が生まれる可能性は、どうしてもあります。だからこそダイバーシティであることが、同じ価値観の人だけでは抜け落ちるものを防ぐために重要なんです。
――ダイバーシティに取り組む上で、職場の仕組みやシステムで工夫していることはありますか?
及川:
もちろん配慮や工夫はありますが、障害者だからと分けて考えることはしません。一般のものを活用する、あるいは障壁を取り除くために作ったものを一般にも便利なものに広げる。そういったことを常に考えています。
例えば、先ほどの在宅勤務。リモートで仕事ができる環境は、障害の有無にかかわらず便利です。それをそのまま活用すれば、障害があっても働きやすい環境が作れます。
「障害の有無であえて切り分けない」と話す及川さん
及川:
また、報告会で使っていたリアルタイムの書き起こしシステムは、障壁を取り除くシステムを一般に便利なものへ広げる一例です。
梅田:
あのシステムは「AI Minutes」といい、人工知能であるIBM Watsonの音声認識技術を使っています。今回は聴覚障害の参加者が多かったのですが、ビジネスやITの専門用語が多いときは手話通訳だけでは内容を伝えきれない面がありました。参加者からもっと情報が欲しいとの声があり、導入しました。
及川:
AI Minutesがあると、議事録を取るのも非常に楽になります。議事録係の人はどうしてもディスカッションに参加しにくくなりますが、AI Minutesを使えばその場で書き起こさず、後から抽出して編集すればいいのです。
英語など複数の言語に対応しているので、グローバルとの通話会議でも便利ですよ。時差の関係で会議が日本の深夜ということも多い。そうなると、いつもなら聞き取れる会話でも頭が回らず……ということもあります。そんなとき、音声だけでなく文字でも表示されたら、少し理解しやすくなりますよね。
――障害者雇用を含め、職場のダイバーシティを促進する上で、気をつけていることはありますか?
梅田:
配慮はするけれど、配慮しすぎて特別扱いすることはしません。例えば「Access Blue」では参加決定前に、自力で会社まで来れるか確認します。タクシーを使ったり介助者を自分で用意したりしても構いません。ただ、社員が駅まで迎えに行くようなサポートはしません。
また「Access Blue」の参加者には、ここに来るまでパワーポイントの資料を作成したことがない人もいます。でも、いまどきパワーポイントなんて中学生でも使いますよね。目が見えないからといった理由で周りが配慮しすぎて、触る機会がなくなっていたのかもしれません。だからこそ、障害者ほど多くの経験をしなければならないし、周囲も配慮しすぎてはいけないんです。
「特別扱いすると、本人も『自分は助けてもらわないとできない』と感じていまい、本当はできることもできなくなってしまうんです」と語る梅田さん
梅田:
日本IBMの社員には障害のあるスタッフも多くいますが、障害者のための特別なポストや仕事は用意していません。ただ最初のサポートや足りない知識や経験を補う機会はありますし、障害による障壁はテクノロジーや制度で柔軟に対応します。そうしてマイナスを埋めたら、その後は障害の有無とは関係なく、みんなと同じステージで自立して活躍してもらいます。
日本IBMには、浅川智恵子という視覚障害のある研究者がいて、ホームページ・リーダーをはじめ、様々なシステムを開発しています。よく「どうしたら浅川さんのような障害がありながら優秀な研究者が生まれますか?」と聞かれますが、浅川自身は「健常者と同じ競争に参加でき、よきライバルに恵まれたから自分はここまで来れた」と語っています。
TED Talkにも登壇し世界的に活躍する日本IBMの研究者、浅川智恵子さん
及川:
浅川は今、活動拠点をアメリカに移していますが、日本に帰ってくるといつもアグレッシブ。目が見えないということを忘れてしまうほどです。
梅田:
先日は「浅川さんの知っているお店でご飯にしよう」ということになって。目の見えない浅川が先頭に立って歩き、その後ろを私たちがついていくなんてこともありました(笑)。
及川:
自分のオフィスは物の配置を覚えているので一人で自由に歩き回りますし、私たちのことも名乗らなくても声で誰かすぐにわかる。視覚障害だと見えないと思われがちですが、耳やその他の五感が敏感で、私たちが思っている以上に“見えて”いるんですね。ここでは、誰も浅川のことを障害者だなんて思っていないんです。私たちにとっては「目が見えない浅川さん」ではなく、「優秀な研究者の浅川さん」なんです。
――これまでダイバーシティに取り組まれてきたお二人ですが、今後はどのようにダイバーシティを促進していきたいですか?
及川:
ダイバーシティを新しい技術に繋げ、やがてはその技術がビジネスに繋がる好循環を生み出していきたいですね。ビジネスになれば会社として取り組め、より大きな力になっていきます。
また、IBMとしては、自分たちの経験をより外に発信していくという役目があります。「IBMが真っ先に取り組んだ」と世間を変えていきたいですね。
「社会を巻き込んでダイバーシティを進めていきたい」と語る梅田さんと及川さん
梅田:
私も、目指すところは同じですね。IBMという会社は、もともとコンピューターが世の中にない時代に少数の理解者を集めてコンソーシアム(複数の企業による連合体)を組み、世間に広めていきました。ダイバーシティでも、NPOを立ち上げ業界や業種を超えた女性管理職のネットワークを作ったり、LGBTでは「work with Pride」と いう任意団体を作ったりしています。
障害者雇用の分野では、及川と私は「ACE」という企業コンソーシアムの活動をしており、33社が参加しています。障害者雇用をスムーズに促進するために、大学や企業と連携し活動しています
お二人が取り組む一般社団法人 企業アクセシビリティ・コンソーシアム
梅田:
障害者雇用の現場には、人事の障害者採用担当が一人あるいは兼任で、悩みを周囲に相談できないという課題もあります。ACEでは企業の枠を超えて人事の障害者採用担当が繋がって、互いの知見を交換し励ましあいながら仲間を集めていく活動をしています。
IBM一社だけでは、根本的な解決に繋がりません。だから、社会全体を巻き込んで大きなうねりにしていきたいですし、「Access Blue」で送り出した参加者たちの輝く顔が曇らないような社会を作っていきたいですね。
左:梅田さん、右:及川さん